竹林院

竹林院護摩堂慈救殿。   撮影:川本 武司

 桜本坊の筋向かいに、大きな門構えの宿坊、竹林院があります。この寺の縁起は古く、その開 山は、黒駒に乗って吉野山へ来られた聖徳太子が、一宇の精舎を建てて椿山寺と号したのにはじ まるとされています。また空海が金峯山修行の折、ここに参籠して大峯登拝を行ったので、当寺 の第一世住職を弘法大師空海としています。そして、当寺で剃髪出家して、天慶四(941)年 大峯山中の「笙の巖」で千日行をし、のちに如意輪寺を開いた、日蔵道賢を第二世住職としてい ます。

 椿山寺が竹林院と名を改めたのは、南北朝の戦乱が終わって、北朝五代後小松天皇の勅命によ るものと伝えられています。椿山寺の名残は今もあり、竹林院の庭や裏をめぐる谷には、多くの 椿が茂っていて、春にさきがけて美しい花を咲かせています。

 山門を入ると左側に小さな泉水があって、昭和二年四月に、花を訪ねてここに泊まった、歌人 与謝野寛・晶子夫婦の歌が真筆色紙のまま写されて、歌碑に刻まれています。


与謝野寛・晶子夫婦の歌碑。    撮影:川本 武司

 山門に面して唐破風のついた、広い式台のある所が正面玄関で、その左側にもう一つ小さなく ぐり門があり、竹林院の庭園「群芳園(ぐんぽうえん)」の入り口になっています。すぐ前に「 慈救殿」と大書した扁額を掲げた護摩堂があり、本尊の木造彩色不動明王像(60cm)を中心 に、同じ作りの役行者像(58cm)、蔵王権現像(120cm)の三尊が祭られています。そ して本尊後ろの仏壇上に安置されている地蔵菩薩は、右手に錫杖、左手に宝珠をもつ、いわゆる 延命地蔵尊の姿で、部分的に補修されているものの、藤原時代末期のおだやかな表情の秀作です。

 もう一体、木造彩色聖徳太子座像(61cm)は、明治初年に廃寺となった上の千本世尊寺に 祭られていたものです。

 大阪の今宮戎神社といえば、商売繁盛の神として広く信仰されていますが、その主祭神「戎さ ん」も、実は当院の聖徳太子座像とともに世尊寺に祭られていたもので、世尊寺が破却されたあ と、戎神社へ移されていきました。

 このことは、戎さんと一緒に引き取られていった、天照皇大神の神像の修理墨書に記されてい て、それをようやくすると「延宝八(1680)年に金峯山鷲尾山(世尊寺)の道舎が壊れ、釈 迦如来、阿難、迦葉、子安地蔵、役行者、蔵王権現、天照大神、戎、聖徳太子の諸像も壊れたの で、これを修理した」とあります。ここに記された釈迦、阿難、迦葉の三体は金峯山寺蔵王堂へ 移され、聖徳太子像は竹林院に祭られることになったのです。

聖徳太子像。 撮影:川本 武司

 これら諸尊が世尊寺を離れたのは、明治初年の廃仏毀釈によるものですが、それぞれが数奇な 運命をたどりながらも、今もなお衆生を済度し、あるいは福を招く神として信仰を集めているの です。

 さて、本堂の横へまわると、そこはすでに庭園の一部で枯山水の石組みが見られます。この群 芳園は、大和郡山慈光院の庭、当麻寺中之坊と並んで、大和三庭園のひとつといわれていますが、 当院の第二十一世住職祐尊が、山上ヶ岳の地勢を移して作庭したのがはじめとされ、現在の庭園 は、文禄三(1594)年春の豊臣秀吉の花見に先だって改修され、また細川幽斉が改築したも のともいわれています。

 池泉回遊式の庭は、南側の小さな丘の麓に作られた池の中に二つの島と、二個、三個を一組と する石組みを浮かべ、東南部の石組みの中から渓流が注いで池を満たしています。人の歩く岸辺 は後の改造もあって単調ですが、対岸の山裾は多くの石が巧みに組まれて、変化に富んだ汀を構 成しています。

群芳園。 撮影:川本 武司

 池のほとりには、北側の出島の、年を経てもなお美しい花を咲かせるしだれ桜をはじめ、松、 楓、槇、椿、木蓮などが植えられ、山腹には躑躅、馬酔木、木瓜、などがほどよく茂っていて、 四季それぞれにわたって、色彩豊かな風景を演出しています。

 池の奥から、植え込みの中の小道を上がると、池の上の小さな丘にでます。東から西にかけて の中腹は一面桜山で、頂上に開けた台地は見晴らしがよく、明和九(1772)年三月八日(今 の暦で四月十日)ここに上った本居宣長は 「四方の山々見わたしたる景色よ、まづ北の方に蔵王堂、町屋の末に続 きて、物より高く目にかかれり、なを遠くは多武の山、高取山、それに続きて龍門の岳なんど見 ゆ。かの子守の御社の山は南に高く見上げられ、乾(北西)の方に、葛城山はいと遙かに、霞の 間より見えたるなんど、すべてえもいはず、おもしろき所のさまなり」と、その眺めの すばらしさを『菅笠日記』に書きつづっています。

 この竹林院も、他の修験寺院と同じように宿坊ですが、宿泊設備がよく整っていて、昭和五十 六年に昭和天皇と皇后陛下、昭和五十九年には、皇太子殿下御夫妻(現両陛下)が宿泊され、ほ かにも多くの皇族や文人墨客が訪れています。

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